僕はこの曲でピアノを辞めました – ベートーベン《月光》1楽章 –

僕はこの曲でピアノを辞めました – ベートーベン《月光》1楽章 –
リトミック・ネクスト コラムVol.2

前回は、ピアノを始めた頃、また和声学を勉強し始めた頃の「楽しい」と感じた際の話を書きました。
今回は逆に、音楽を『つまらない』『面白くない』と感じていた話をしてみたいと思います。

僕が小学校高学年の頃は、今は懐かしき8cmの縦長のシングルCDが全盛期でした。ポップス音楽の業界も生き生きしていた時期で、今でもしばしば耳にするくらいのヒット曲が、当時は毎週の様に各アーティストから発表されていた様な…そんな印象があります。

僕もCDをレンタルしたり、テレビの音楽番組をカセットテープに録音して聴いたりして、世の中に流れている音楽への興味と関心を持っていたことを考えると、音楽自体はやっぱり好きだったんだろうな、と思います。

しかしながらそれでも「自分が弾いて演奏する」のはまた別だったのか、はたまたクラシック音楽への興味が無かったのか…。

サッカーに一生懸命でピアノへのモチベーションがそもそも下がっていた頃のダメ押しだったのが、当時弾いていたベートーベンの「月光ソナタ」1楽章でした。

「ゆっくりした曲で、練習も難しくなさそう」という程度の理由で、先生に提案された候補曲の中から自分で選んだように思うのですが、なーんか弾いてても雰囲気ずっと同じ。楽譜の音読みをしても「次はどんな音だろう!」っていう楽しみもワクワクもないし…。

もちろん、今であれば!…あの静寂の中に、雲の合間から朧げに差し込む月夜の光を表現すべく、狂おしいほどの情熱と感情を内に秘めて熱演をしますし、その為に、あーでもないこーでもないと一生懸命研究なり練習なりするのですが、小学生の時の自分に「月光」が持っている魅力と尊さは理解できなかったのも無理はないよな、とも思います。「大人になったからこそ分かる愉しみ」というか…。

その後、中学校に上がるのを機に、ピアノは完全に辞めてしまうわけですが、中学の終わりから高校にかけては、今度はバンド活動にのめり込みました。ベースやギターを弾くことで「弾いたことない音」「聴いたことない音」また「アンサンブル」という新たな「楽しい」があったんですね。一人で黙々と弾くピアノとは、また違った刺激です。

「こうしたらもっとカッコよくなるかも?」など、曲に対して意見を言い合って練習していく中で、バンドのオリジナル曲を作ることになったり…。今思えばそれが作曲との最初の接点だったのですが、当時は「もっと作曲を勉強したい」だなんて、つゆ程も思っていませんでした。

ゲームやパズルのように楽しく感じたピアノが、一度つまらなくなって離れたのち、

バンド活動という違う形でまた音楽に触れに戻って、さらには作曲の入り口にまで。

もしピアノをずっと続けていたら作曲はしていなかったかもしれないし、その先には音楽自体から完全に離れていたかもしれない。…などと考えてみると、果たして何がどの様に、どこに活きて繋がってくるか、というのは、本人も含めて誰にも分からないし想像もつかない様に感じます。

これは僕に限らず、皆様もきっと同じ様なことがあるはずです。

でも、だとすると尚更、いつから何を始めればいいのか…。

振り返ると、僕の場合「楽しい」が続いた時期も、「つまらない」で離れた時期も、どちらも今の自分を作っているように思います。大学時代に副科で習っていたチェロの先生に「バキューン!バキューン!…ってゲームしてるみたいね」と言われたことがあるのですが、スポーティーでゲーム性のある活動として演奏を楽しんでいるのは、きっと小学生の頃から変わっていないんでしょうね。三つ子の魂百まで…。

子どもが何かを「楽しい」と感じている時、また「飽きた」「つまらない」と離れていく時。その両方とも、後で何かに繋がるかもしれないし、繋がらないかもしれません。でもその瞬間に感じた「何か」は、確かにその子の中にある。

大切にしたいのはきっと、その「何か」を感じる瞬間に多く出会えること、そしてそれをそのまま大切にできること。なんじゃないかな、と最近は思っています。

これらの、子どもの中に立ち上がる「何か」、それを感じる瞬間との出会い、そしてそれが後でどうなっていくのか…など、もう少しいろんな角度から書いていきたいと思っています。

次回もどうぞお付き合いください。

リトミック・ネクスト監修
作曲家:東俊介

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